諦め:体を動かす人は着心も去っていく
問
「諦める」ということについての質問です。自分で諦めたと考えていても後で何らかのきっかけによって諦めきれて いなかったことが度々あります。すっきりと諦めていくことができるにはどうしたらよいでしょうか。答
確かに、表面意識と潜在意識には、この様な違いが生じるものである。 それにしても、諦めることの本義は凄いということを、あなたは知らない。 仏教にいう真諦とは真理のことだ。 諦とは音訳ではあるのだが、その意味するところは深く、着心を去るをいう。 あなたのような場合、常日頃より、物事に対しこだわらないことを心掛けることから始めなければならない。 その為には、徹底した自己分析を常に行ない続けることである。 とにかく、何か心に引掛った時には、何故そうなのかを分析するのである。 そうすると、自分の心の奥に、もう一人の自分がいることに気づくだろう。 その本心の自分に気づくことから始めるのである。 そして、理性を働かせてこう自分に言いきかせるのである。 「こんなことにこだわるのは○○の理由で愚かである。またこだわり続けたならば、必ず○○という嫌な結果を導くことになる。だから止めよう」。 そう理性で自分に納得させた上で、次に自観法を行なえば、有効である。 さて、それとは別に、この種の執着心は、気血の悪さに比例するところがある。 そこで、毎日、運動をすることをお勧めする。 どんな運動でも良い。 ただし、激しい運動を急にやったのでは、心身共についていかないので、経絡体操などから始めると良い。 たぶん、万民が抵抗なく出来るのは、散歩だろう。 近くの街を、一時間ほど軽快に早足で歩くのである。 勿論、背筋を伸ばして行なう。 いいものだ。 そして、大自然を見よ。 空を見よ。 海を見よ。 高台より下界を見よ。 月や星を見よ。 太陽を見よ。 何より、自分の仕事に一精懸命精進してみることである。 執着が強い人は、大概、暇な人が多い。 仕事に追われていれば、そんなのにかまってる暇はない。 だからもっともっと働くといい。