過去そして未来:過去に影響を与え現在を変えられるか
問
過去は無いという御話を伺いましたが、過去の記憶、自分自身や悪感情を抱いた人に対し、受け入れ、いとおしい気持ちになった時に、その過去をいとおしみ、抱きしめる(気持ちになる、光を当てる、感謝する)ことで、今現在の自分や人々によい影響を及ぼせるという事はありますか?同様に、まだ見ぬ夫や我が子を今いとおしむ(気持ちを向ける)ことで未来の人々はその過去のおもいの影響を受けているということはあるのでしょうか。(秘書 30代)答
通念としての時間概念は誤りなるもいまを正しく生きよ
唐突に過去は無い、と言っても読者にはついてこれない話である。 これは、直接の問答である「接心」での一コマである。 過去とは何ぞやという問いに対するものである。 その哲学的思惟をここで述べることは避けるとして、あなたの指摘は悪くない。 何はともあれ、過去を肯定し、いまを輝かしなさい。 過去は既に過ぎ去ったものである。 いつもでも拘泥している対象ではない。 その過去に対して、今さら影響を与えることが出来るものだろうか、その結果として、現在を変え得るのだろうかというものである。 果たして、それは可能だと言わなければならない。 その一つの行為として、あなたたちは自観法を成しているのである。 自観は過去という時に再びと生き、現在を変えんとするものである。 それは、心理としてのトラウマの解消という意味以上の関わりがあることを意味している。 過去も現在も未来も、人の心に映ってこそのものだ。 人の心を離れて、過去も未来もない。 しかし、それとて、文学的な時間概念に過ぎず、自然科学的時間の概念からは逸脱したものと、一般には理解されている。 だが、私はそれを解した上で、あえて、そうではないと言っているのである。 過去は、明らかに現在として存在するのだ。 要は、あなたに、その過去が関わることなく過ぎ去ろうとしているに過ぎない。 それはそれで幸せかも知れない。 何であれ、時間とは、単なる一直線の経過していくものという概念からは脱する必要がある。 時間は、単に未来だけに向かうものではなく、過去へも向かい得るものであることを、我々は理解する必要がある。 勿論、基本となるものは、自然科学的過去から未来への経過ということに変わりはない。 因みに、仏教では、過去も現在も未来も存在しないと説いている。 さて、いまからまだ見ぬ夫や子をいとおしむというのは、あなたにとって、かなり難しい行為である。 理想通りに出来れば良いのだが、大方は、現実逃避や執着になるだけになるので、あくまで、イメージングの中で、やるにとどめるべきである。 その為には、清く、正しく、逞しく、そして美しく、いまを生きることである。