真解:只管に不解事を瞑想せよ

先生の御言葉が私なりに理解したり気付くのに数年かかります。 もっと早く気付きたいのですが、それにはなるべく考えたり頭に置いて瞑想すればよいのですか。

数年で理解できるというのは、大したものである。 大方の者は、すぐに理解したと思いこむか、一生理解しないかのどちらかであるものだ。 その点、あなたは、何が分からないかをきちんと把握し、その結果として、数年後に、その解答を得ているのだから立派である。 それは、素晴しいことだ。 すぐに分かった気になる人というのは意外と多いものである。 しかし、本人が分かったと言っているにも拘わらず、その言動を見ていると、全く分かっていないと思わされることが大半である。 およそ、真に分かっている人というのは残念ながら極めて少ない。 ましてや、それが深い神の御経綸に関わる内容に至っては、理解できる者など、稀の稀である。 にも拘わらず、理解できたと思いたがる者がいることも事実である。 こういう者を見分けるのは、その礼儀作法を見ると良い。 肝心なところで、必ずボロを出すものである。 即ち、上位者に対して対等であろうとしたがる者である。増上慢である。 これらは、すぐに判別できるものだ。 さて、質問に答えよう。それでよろしい。 その疑問、不明事を、ただ頭に浮かべ、それをジーッと自観瞑想していれば良いのである。 要は、一切、何も考えてはならぬということである。 ただジッと、その疑問点を、頭に浮かべているだけだ。 それについて、あれこれと考えを巡らせてはならない。 単に、その問題を頭に浮かべているだけだ。 そして、その疑問事を瞑想し続けるのである。 あとは、時間(実修)が答えを出してくれることになる。

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