自観と救霊:自我への執着からの解放こそが自観の真骨頂である
問
以前、質疑応答集で、自観は最高の救霊とありましたが、自観することで意識次元が上がり、除霊できるということでしょうか。答
自観の素晴らしい所は、普通の一般人でも自我から離れられるようになれるという点である。 いかなる修行者もこの自観法を修得していなければ、決して自我から解放されることはなく、いかに神秘な力を身につけたとしても、霊性が高くなることはないのである。 ここにこそ、この自観法の偉大さがあるのだ。 斯く自観の神髄は自我からの解放に他ならない。 だから、わが講座は自観に始まり、自観(修源之大法)に終わるのである。 人生は紆余曲折するものである。 儘ならないのが人生というものだ。 それ故に人は悩み迷い、傷付き絶望もする。 だが、それらの苦悩は、常に自己の内から発せられるものばかりである。 常に自己を中心として人生を捉えるが為に苦悩となるが、自己から離れて自分を見たならば、もっと別な姿が見えてくるのである。 他者との関係性も大いに違っていることに気付かされる。 斯くして、自観法は人を凡夫から聖者へと段々と変化させ得るのである。 それ故、最高の救霊というのである。 それは自己に対する救霊なのであって、他者に対する救霊とは全く意味が異なるものだ。 とはいえ、結果的に除霊は可能となる。 他者なる霊が自分に憑依している場合、通常、それを取り除くのはなかなか難しい。 何故なら、本人がその霊と同様の心理状態に陥っているからである。 しかし、そのような所に自観を為すことが可能ならば、自己の執着心に憑依している霊を取り除くことが出来る。 自観によって、自分を支配する執着の心が弱められるからである。 正常な心を持っている人に、邪霊が憑依することはない。 憑依される人というのは、必ず自己に対する執着が非常に強い人であるのだ。 その自己とは、我儘といったことだけではなく、欲が深いといった類の心理のことも含まれる。 単に弱々しくて憑依される人もいる。 そのような人にとって、自観を以て心を正し、執着心を取り除いていったならば、それに比例して、邪霊の憑依も取り除かれるのである。 その意味で、自観により除霊出来ると言えるのである。 ただ呉々も、精神に異常のある人は自観法を用いてはならない。 その大半が悪化させるからである。 そのような人は、まず正常な日常生活を始める事から努力しなければならない。 太陽に1時間以上あたり、よく歩くことだ。