因果:より大きいものほど来世へ尾を引く
問
ある人のことを悪く思っていたら、次の瞬間つまずいてころんでしまいました。恐らく、指導霊様からおしかりを受けたのだと思いますが、これによって(ころんだことによって)この件の果は尽きたのでしょうか。それとも、別にまた果が生じるのでしょうか。答
良い体験をした。良い結果であった。 因果の出かたとしては、このように悪業を為した直後に悪果が現われてくれるのが一番だ。 すぐに反省出来て、自分の行為の善悪がすぐに判断出来るからである。 その結果、次々と人生の思考の軌道修正が可能となる。 しかし、現実は、そんなに都合良くは因果の反応が顕われない。 だから苦労するのだ。 さて、あなたの場合だが、とりあえずは尽きたと考えてよい。 即座に果を生じさせるような因の場合は、大体その程度のものであって、それ以上になることは少ない。 それ以上になるものは、このように行為の直後に果となって現われることが少ないのである。 ましてやあなたの場合は、心の中で少しだけよくない思考に陥った程度のものであるから、その程度の果としては、ころんで少し痛い目にあう位で充分である。 それ以上の因を作ったとは思われない。 因果律とは実に単純ではあるのだが、それが実際に機能する際には、諸々の因縁が絡んで、複雑な形となって表出してくる。 その為に、人はその法則性の存在を理解するのに苦労し、また愚かにも否定してしまうのである。 大きな悪事ほど、またその人物が強いエネルギーの持ち主であるほど、また悪に徹していればいるほど、その果はすんなりとは出てこず、来生まで持ちこすことが多い。 大きな悪事でもすぐに表に出てくるのは、被害者を多く作り、彼らによって呪われている場合である。 こういう場合は今生中に多くの悪果を招くことになる。 しかし、同時に、来生では、彼らの苦しみを自分が体験させられることにもなる。 実害をより多くより大きく自他に与えた場合ほど来生に引きずっていくのだと理解されるとよい。 それにしても、悪果と出逢うことで、自分の悪因縁が消えたと喜べる人は幸いである。 そのような人には、必ずや神のお導きがあるからである。