人間の器:丹田と嫌な人物の修行とバカと成れれば大いに大器なり

先生の御話に器ということが出てきましたが、「器」とは、つくることができるものでしょうか。 この問の答を読む »

十界互具:地獄にも救いがあることを開示

仏教では、地獄から仏までの十段階の世界(十界)があり、それぞれの世界の中にまた十界があると説きます。 全ての存在に仏性があるとすれば、仏以下の世界に仏界があるのは当然と思えるのですが、仏の世界に地獄や畜生といった境地が存在するというのは、何を意味するのでしょうか。 この問の答を読む »

諦め:体を動かす人は着心も去っていく

「諦める」ということについての質問です。自分で諦めたと考えていても後で何らかのきっかけによって諦めきれて いなかったことが度々あります。すっきりと諦めていくことができるにはどうしたらよいでしょうか。 この問の答を読む »

失業保険とパート:欲を離れて必要ならばよしとすべきも欲あらば止めるべし

失業保険を頂きながらバイトをしてお金を稼ぐのは罪でしょうか。 この問の答を読む »

自観と救霊:自我への執着からの解放こそが自観の真骨頂である

以前、質疑応答集で、自観は最高の救霊とありましたが、自観することで意識次元が上がり、除霊できるということでしょうか。 この問の答を読む »

宇宙:そこは漆黒の闇なる神秘の空間なり

宇宙から帰還した宇宙飛行士の人達が、「月や宇宙で神を感じた」ということを言いますが、あれは真に神を感じているのでしょうか。もしそれが真実としたら、私が今宇宙空間へ行ったら同じように感じることができるのでしょうか。 この問の答を読む »

因果:より大きいものほど来世へ尾を引く

ある人のことを悪く思っていたら、次の瞬間つまずいてころんでしまいました。恐らく、指導霊様からおしかりを受けたのだと思いますが、これによって(ころんだことによって)この件の果は尽きたのでしょうか。それとも、別にまた果が生じるのでしょうか。 この問の答を読む »

因縁因果:正しき信念を持ち精進せよ

実践御指導『悦びの行』の時のお話で、因だけで果が生じるのではなく、因があって縁が出来、はじめて果が生じるという主旨のお話がありました。縁が生じるか否か、縁が生じるのが遅いか早いか、又、果を結ぶまで縁が継続するか否かは因の強さによるのでしょうか。 この問の答を読む »

死の覚悟:中年を過ぎる者は達観を覚え他者を受け入れる事を心せよ

自観をもって「いつ死んでも構わない」という心境にまで達するでしょうか。 この問の答を読む »

臨終:臨終に際しては全てに感謝すること

臨終の際の気持ちの持ち方等、大切な点をお教えください。 この問の答を読む »

安楽死:単に死期を延ばすためだけの医療行為は正しくない

不本意にも病院に運ばれ、助かる見込みのない場合、安楽死等は霊的な観点から許されるのでしょうか。 この問の答を読む »

死の準備:力を抜いて自然の一部として死を迎えると良い

現在45才の健康な男性です。しかし、明日生きている保証もなく、それに対して死ぬための準備がまるでできていないことを反省し、身辺整理など準備を進めています。死ぬ準備ができてこそ、より積極的に生きることができると考えるからです。その中でお伺いしたいことです。
家族には葬式や墓は不要、骨は迷惑にならない所に捨てるようにと頼んでありますが、よろしいでしょうか。 この問の答を読む »

習気:自らのあらゆる欲求こそが習気である

自分自身の習気(じっけ)を本当に見極めるのはどうしたら良いのでしょうか。自分の行為の善悪が因果となるのではなく、習気こそが因縁の主体のような気がします。 この問の答を読む »

陽光:あらゆる大自然の営みを通し神と出会う

雨上がりの陽光はとても清々しく神々しささえ感じます。
これは気の移り変わり以外に、どのような作用によるものでしょうか。 この問の答を読む »

気付き:気付きは匹夫の理解から聖人の悟りに至る

気付きの正誤の判断の仕方をお願い致します。 この問の答を読む »

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