相互理解:誠実を第一とし対話を第二とす

物事を伝えたい時、言葉が足りずかえって誤解を与えたり、逆に相手を誤解しています。そしてその事に後になって気付きます。凡夫間における「理解」とは。 そして誤解をなくす(解く)には何が必要でしょうか。

まずは誠実であれ。 これが何より第一であるべきことだ。 しかし、泉谷しげるの昔の歌ではないが、人のために良かれと思い、一精懸命本人はやってやったのに、その相手からは、そのことが理解してもらえず、それどころか逆恨みされるなどということは、よくあることである。 もし、この種のことであったとしたならば、基本的に、自分の行動を認めてやることである。 何ら恥じることはない。 ただし、反省することは大事だ。 そして、一つ気付くことがある。 それは、言葉数の少なさである。 人と人が理解仕合うためには、言葉が大事である。 充分な会話がなされてこそ、お互いの意思というのは通じていくものであるのだ。 ところが、日本人というのは、この会話が実にへたである。 何か問題が生じると、心の内で、ウジウジと独り言を言い続けるだけで、相手に自分の気持ちを正確に伝えようとする努力を怠るのである。 さらには、相手の心を理解しようともしないのである。 これでは、お互いが理解仕合えるわけがない。 言葉は大事である。 しかもその言葉は真実の言葉でなければならない。 見栄で飾られたものでは相手に通じない。 通じないどころか、逆に相手に誤解さえ与えることになる。 人は、相手には真実を求め、自分には虚実入り乱れた言動を許していくのである。 これではうまくいくわけがない。 相手がいくら誠実な人物だったとしても、自分の方に嘘があったのでは、相手は受け入れない。 また、自分の考えや思いを相手に正確に伝えても、相手の考えや思いがそれと合致しなければ、あなたの言動は拒否されることになる。 それを指して、相手から誤解されたというのは認識不足である。 人には十人十色という。 夫々の好みがある。 相手に自分の好みを強いることはできない。 その認識の上に立って初めて、会話も正しくなされ得るのである。

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