信長:裏表なき気性は褒められるべし
問
信長の延暦寺焼打ちが、信長が非道だったのか、それとも彼の言うように、悪僧など焼き殺されて当然なのですか。先生の信長に対する評価をお聞かせ下さい。
答
まあ信長という人物は、清潔であったということが出来るだろう。
彼には裏表がなかった。
大いに結構なことである。
人間、裏表があってはならない。
常に、秀吉、家康と共に論じられ、総じて家康の評価が高いのであるが、私は秀吉も家康も好きではない。
秀吉には、卑しさがある。
あの後世に伝わる絵からも分かるように、実は下品な面構えだ。
その才気は評価するものの、人間性といったらほめられない。
柴田勝家及びお市を死に追いやり天下を盗るなんぞ礼を失している。
家康はといえば、自分の妻子を平気で殺す人物だ。
あの狡猾さにはうんざりする。
何より、日本人を小さくしてしまった男である。
その点、信長は世界を見すえる能力を持っていた。
非道といえば非道だが、当時の延暦寺は兵僧の集団で、悪僧だらけだったことは否めない。
時代的には、彼らは単なる兵隊にすぎなかった。
ならば敵対する者として討つのは当然である。
それらの結果として、因縁論的には、信長はやりすぎを罰せられて憤死することにもなる。
しかし同時に、秀吉・家康へと続く日本の統一への礎を築いた。
その功は大きい。
私はどんな人間であれ、裏表のない人間が好きだ。
一本まっすぐの哲学を持っている人物を敬愛する。
いまどきこの様な人物に出会うことがない。
それというのも、中途半端な平等観や個人主義が蔓延してしまっているからである。
そういう人間に私の説を理解することは甚だ難しい。