漢字:中国人から生まれた豊かな感性
問
漢字には「字そのものに意味がある」という特色がありますが、深遠な哲理を表現(表記)するためには漢字が必要にして最適なのですか。漢字圏で仏教が発展したのはそのためでしょうか。また、最近の日本人の国語力低下、英語第一主義はどのように考えるべきなのでしょうか。
答
私は言語学者ではないので、比較対照する能力を持たない。
漢字などが表意文字として発展した過程の中には、確かにあなたが言うような部分がなかったとは言えないだろう。
しかし、表音文字としてのアルファベット文化にだって、一つのまとまりとしての表意があるわけで、英語の元となっているラテン語やギリシャ語を見ていると、やはりそこには表意としての意味深さを感ずるものである。
その限りにおいて、漢字が最適という表現が妥当かどうかは疑わしい。
仏教の発展理由は、漢字文化というよりも、むしろ鳩摩羅什や玄奘等の名翻訳をほめるべきである。
何より、その民族性が仏教を受け入れる土壌として適していたというべきだろう。
英語第一主義は官庁において最も激しい。
彼らの“マスタープラン”はその“キイワード”を全て英語で表わしている。
およそ一般の国民には理解出来ない内容なのだから、彼らの民族としての誇りは失なわれているとしか思われない。
彼らにあるのは単なる出世主義と無責任である。
その様な指導者たちが国を運営しているのだから、この国は滅びるしかないのである。
たぶん、どこかの時点で、この愚行に気付く人たちが陸続として出現してくれると信じているのだが、果たして如何なることか、未来は極めて非日本的となることを否定できないだろう。