因縁因果:正しき信念を持ち精進せよ

実践御指導『悦びの行』の時のお話で、因だけで果が生じるのではなく、因があって縁が出来、はじめて果が生じるという主旨のお話がありました。縁が生じるか否か、縁が生じるのが遅いか早いか、又、果を結ぶまで縁が継続するか否かは因の強さによるのでしょうか。 この問の答を読む »

死の覚悟:中年を過ぎる者は達観を覚え他者を受け入れる事を心せよ

自観をもって「いつ死んでも構わない」という心境にまで達するでしょうか。 この問の答を読む »

習気:自らのあらゆる欲求こそが習気である

自分自身の習気(じっけ)を本当に見極めるのはどうしたら良いのでしょうか。自分の行為の善悪が因果となるのではなく、習気こそが因縁の主体のような気がします。 この問の答を読む »

陽光:あらゆる大自然の営みを通し神と出会う

雨上がりの陽光はとても清々しく神々しささえ感じます。
これは気の移り変わり以外に、どのような作用によるものでしょうか。 この問の答を読む »

気付き:気付きは匹夫の理解から聖人の悟りに至る

気付きの正誤の判断の仕方をお願い致します。 この問の答を読む »

気付き:理も情も真実なるものは心の浄化に因る

人は色々気付き気付かされながら生きていますが、その気付きの中には自分勝手な気付きが多く、間違いを生じている場合があるように思うのですが、時には美しい気付きがあり、その美しい気付きによって神様に導かれていくように思います。
その美しい気付きを一杯にしていく為に、素直でありたいと思い、自観法に頼りたくなるのですが、それでよいですか。 この問の答を読む »

祈り:打算なく欲心なく只素直に神を讃えよ

夜お祈りをしていると、大きな力となって良い方向に進んでいくに違いないないと思い、大変嬉しくなります。最初は普通にお祈りに入るのですが、段々イメージングのようになり、「こうなる筈だ。神様の御心に適う事なのだから」と思うのですが、よいでしょうか。お祈りをする時の注意点をお聞かせ下さい。 この問の答を読む »

慈愛:衆生への慈しみと衆生の悲しみを共にす

「慈悲」の意味を辞書で調べると「いつくしみあわれむこと」とあり、「慈しむ」とは「かわいそうに思う、あわれだ」、「哀れむ」は「かわいそうに思う、不憫だ」とありました。この意味でよろしいのでしょうか。また「慈愛」との意味の相違をお教え下さい。 この問の答を読む »

瞑想:複数を対象にするより一事に集中すると良い

瞑想中、一度に沢山の疑問の思考をしないで一つずつ行った方がよいのですか。 この問の答を読む »

職種:無学の智慧者は神の祝福を受く

以前先生が、「世間で評価の高い職種についている者に高いものをみることはない」ということをおっしゃっていました。自分の場合、医師を目指した動機には不浄なものが多くありましたが、そのような職種を目指す者は一般的に霊性が低いといえるのでしょうか。また、世間的評価の高い職種を目指す場合、どういったことに気をつければよいのでしょうか。自分が低い者であるとの自覚、慢心を戒める、といったことでしょうか。 この問の答を読む »

自観法:嫌な体験は記憶力を低下させる

自観法をする時に、過去の嫌な感情や出来事そのものさえあまり思い出せません。これはどうしてなのでしょうか。 この問の答を読む »

感情:過去からの抑圧が無感情を招く

私は周囲への気配りがあまり出来ません。 誠にお恥ずかしい限りですが、いつもぼんやりとしていて、周りのことに気付かないです。自己中心的で感性に乏しいのだと思っていますが、どうすれば周囲に目が行き届くようになれるのでしょうか。 この問の答を読む »

大自然の恵み:正しい感謝の念はあなたを救うことになる

どんなに愚かな身でも、大自然の恵みを感じ、ほんの少しでも感謝する心を持っていれば救われるでしょうか。 この問の答を読む »

輪廻:神は自然の理を通して霊魂の転生輪廻を示して下さってある

今日一日の命を頂き明日が来るという事は、その日一日を大切にし、少しでも前向きに(神様に感謝し)生きるように神様が導いて下さっているということなのでしょうか。 この問の答を読む »

四季:転生輪廻を示せし事象なり

冬の厳しい寒さは、私達日本人の意識とどういう関係があるのでしょうか。また、神様は何を教えて下さっているのでしょうか。 この問の答を読む »